2022年4月に旅立たれた音楽界の巨人、小坂忠さんのキャリアを網羅したアーカイヴ・ブック。著者が小坂忠さんの一番のパートナーである奥様の高叡華さんと小坂忠さんの連名になっていることからも、本当に小坂忠さんの全てが網羅されていることが判ります。まずは現在は入手困難の自伝的エッセイ『まだ夢の続き』を、盟友細野晴臣氏との特別対談も含め全文掲載しており、そこで小坂忠さんの半生を振り返ることが出来ます。次に、病魔に侵されながらコロナ禍に始めたyoutubeで小坂忠さんが語った、自身の楽曲についてのエピソードや背景を文字にしたセルフ・ライナーノーツ、更に小坂忠さん自身のゴスペル専門レーベル『ミクタム』の機関誌に連載されたエッセイの中からの33篇、加えて『Chu’s Garden』のリリース時、『ほうろう』『people』復刻時、『CHU KOSAKA COVERS』発売時のそれぞれのインタビューが掲載されています。また、松任谷正隆氏とピーター・バラカンの寄稿文、松本隆氏のインタビュー、最後に小坂忠さんの生前最後のロング・インタビューに高叡華さんの回顧録と、まさに小坂忠さんの人生の全記録と言える一冊です。

本書は古書店、図書館、出版社など、本や古本をテーマにした短編漫画を集めた、ちくま文庫オリジナルのマンガ・アンソロジーです。編者の山田英生氏はちくま文庫からこのシリーズを何冊か出していますが、本書がそのシリーズの1冊目です。構成は、Ⅰ古書吟遊、Ⅱ古書奇譚、Ⅲ本をめぐる奇人たち、Ⅳ本の掌編、Ⅴ貸本屋とその周辺、Ⅵ恋と古本、の章からなり、全部で19編（４コマ漫画の「文豪春秋」、１頁ものの「古本屋台」は収録の全てをまとめて１編とカウント）の短編が収録されています。作家は、山川直人、松本零士、水木しげる、おんちみどり、諸星大二郎、豊田徹也、楳図かずお、湊谷夢吉、つげ忠男、Q.B.B、いしいひさいち、西岸良平、うらたじゅん、辰巳ヨシヒロ、つげ義春、南日れん、近藤ようこ、永島慎二と、巨匠や大家と言われる方からマニアックなあまり知られていない方まで、本当に多彩な作品が収録されていて、それぞれが味わい深く、各作品それぞれの存在感がうまく際立つように集められてます。短編漫画集でもあり、作家に拘らずアトランダムだからこそ、構えず気楽に読め、それでいて心に何とも言えない余韻を残してくれる作品集になっています。

鈴木茂氏のインタビュー形式での自伝。ご本人の言葉で語られていて読みやすく、内容も非常に興味深いものでした。アマチュア時代からはっぴいえんど、キャラメル・ママ、ティン・パン・アレーを経てソロ活動、現在までを詳しく解説されています。特にはっぴいえんど時代の活動やメンバーそれぞれの特性と考え方、レコーディングの事情や曲別解説などは面白く読めます。はっぴいえんど解散の事情や、細野晴臣氏と大瀧詠一氏の確執、鈴木茂氏があまりバンド活動や大瀧詠一氏のソロ活動について詳しく事情を聴かされていなかったり、はっぴいえんどには鈴木茂氏が参加されていないで録音されている曲がたくさんあること、はっぴいえんどがアンプ機材をまったく持っていないバンドだったこと、ユーミンのバックで活動していたころの話やカントリー志向の松任谷正隆氏とブリティッシュ志向のユーミンの話、名作「BAND WAGON」のレコーディング、逮捕されたドラッグについても自ら語られていて、どのエピソードも興味深いものばかりです。使用された機材や楽器についても書かれていて、はっぴいえんどや鈴木茂氏のファンでなくても音楽ファン、ギターファンにもお勧めです。

シリーズ7作目は、2023年に国立文楽劇場で開催された「桂文我落語アカデミー」からのライブ録音で、前半は中国の笑話本『笑府』に記載され、日本に渡って落語となった噺、後半は節談と仏教落語という構成になっています。まずは桂文我師の解説に続いて、小出敦（春暁亭不覚（しゅんぎょうていふかく））氏による中国語落語「まんじゅうこわい」、本作は東京落語では短編の小噺の様に扱われていますが、上方では長編の大作で、オチが解っているだけに長編として演じるには技量の要る噺だと思います。続いて同じく『笑府』から生まれたとされる「骨釣り」を文我師が演じますが、本作も東京での「野ざらし」とは趣の変わった上方落語です。小出敦氏と文我師との対談で前半が終わると、後半は文我師の解説から、僧侶であり相愛大学客員教授の直林不退師の節談「他人の悲しみのわかる人間になれ」、文我師が浪曲師松平国十郎師の音源や、僧侶の節談、俳優小沢昭一氏の舞台をもとに、親鸞聖人一代記を落語にした「板敷山」の一席と続き、最後は直林不退師と文我師の対談で締め括られます。こうしたユニークな落語会は、研究者としても名高い文我師の面目躍如というところです。

「NIAGARA FALL OF SOUND ORCHESTRAL」名義による大滝詠一のインストゥルメンタル・アルバム。Disk1は『NIAGARA SONG BOOK』シリーズ完結として『NIAGARA SONG BOOK 3』で、10曲収録のうち「Tシャツに口紅」「うれしい予感」の２曲は未発表、「Dream Boy」は既出のもののバージョン違い、残り7曲は過去の色々なアルバムに収録されていたものを集めています。Disk2は『NIAGARA SONG BOOK』『NIAGARA SONG BOOK 2』を合わせた全20曲を収録した『NIAGARA SONG BOOK』のコンプリートで、『Complete NIAGARA SONG BOOK』の名に相応しいセットになっています。Disk3は大滝詠一DJのラジオ番組の「ナイアガラ・インストゥルメンタル・コレクション」の放送回分と、カラオケの対義語として大瀧詠一の造語の「てぬぐいバージョン」としたメドレー8曲、更に「アカペラバージョン」としてストリング・セクションだけを抜き出したストリングスのアカペラ6曲が収録されています。ファンなら押さえておきたいインスト集の集大成の作品です。

ちくま文庫の「現代マンガ選集」シリーズの3冊目は編集者ササキバラ・ゴウ氏編の「日常の淵」。第一章「日常の淵」では1960年代から1970年までに『ガロ』に掲載された作品中心に、高度成長の激動を経たのちに世の中全体の目標が失われ、人々があらためて自身の生活に目を向け始めた、文化や思想の変革期と言える時代の、日常生活の深淵に食い込む柔らかで鋭い作品が掲載され、楠勝平、滝田ゆう、つげ義春、永島慎二、つげ忠男、鈴木翁二、安部慎一、水木しげるといった作家が登場します。第二章「日常の縁」では70年代から80年代となり「日常」への意識が川の深淵から縁へと時代が移る様な、新しい風を感じさせる作品を『ガロ』から他紙へ派生してゆく流れの中で、つりたくにこ、やまだ紫、近藤ようこ、高野文子、池辺葵などの女性作家や安達哲、いましろたかしの作品が掲載されています。「日常のフチ」をテーマにしたこれら15の作品は、時代の変革期に人々の日常がどの様に移り変わり現代に繋がってゆくのかを示してくれます。リアルタイムに読んできた我々にとっては懐かしい作品が多いですが、気を張らずに読めるのがこの文庫版の良いところだと思います。

2022年4月7日に他界された日本最高峰のアコースティック・ギタリスト中川イサトさんの追悼盤と言える再発アルバム。ご逝去後に再発された作品は『Sketch special edition』『太陽風+5』『Homespun Music+6』『Acoustic Serenade+7』に続く5作品目。このアルバムは1986年自主レーベルNaniwa Recordsからの3作品目として発表され、2000年にSeals Recordsから再発されており、ご本人が生前「自分のギタースタイルの原点がこのアルバム」と位置づけたフル・インストゥルメンタルの銘盤で、それにボーナストラック3曲を加えたリマスター盤。2000年盤はオリジナルレコードのジャケットでジュエルケースでしたが、今回は紙ジャケット仕様です。他の再発作品に比べボーナストラックが少なめですが、3曲とも未発表のライブ音源が嬉しく、1986年の『Shadowy Key』、2010年の『The Sprinter』、2010年の40周年記念ライブの『蒼空』という貴重盤です。何度リピートして聴いても味わい深く、素晴らしい作品です。本当に惜しい人を亡くしました。合掌。

2006年に咽頭癌治療により活動休止していた忌野清志郎さん。2008年2月に日本武道館で完全復活祭を開催し、その音源や映像は過去に発売されましたが、本作は忌野清志郎さんのデビュー55周年を記念し、武道館・大阪フェスティバルホール・京都会館第1ホールの三か所で開催された復活祭の内、京都での最終公演「忌野清志郎 完全復活祭 追加公演」（2008年3月2日開催）の音源を収録したものです。2025年はデビュー55周年にちなみCSで武道館公演を何度か放送していますが、その映像を確認すると、本作のジャケットの派手な手書きのデザインのブーツは、清志郎さんがそのステージで履いていた靴のようです。収録曲も武道館で演奏されなかった「モーニング・コールをよろしく」「エンジェル」「い・け・な・いルージュマジック」「トランジスタ・ラジオ」が収録されています（逆に武道館での「涙のプリンセス」「誇り高く生きよう」「いい事ばかりじゃありゃしない」「ぼくの好きな先生」「私立探偵」「多摩蘭坂」は演奏されてませんが）。結果的に清志郎さんの生涯最後のワンマンライブになった本作、懐かしく楽しいのは勿論、貴重な音源としても必携です。

徳川御三卿の一橋家の家臣、土肥家に生まれた土肥庄次郎頼富は、彰義隊士として戊辰戦争に参戦、上野戦争敗戦後は榎本武揚率いる咸臨丸に乗船するも投降、明治と時代が改まってからは幇間松廼家露八となります。実はかつては露八の名はよく知られ、戸川残花の小説や岡本綺堂の戯曲に描かれ、子母沢寛、山田風太郎、村松梢風、江崎惇、遠藤幸威らの作品にも登場します。また吉川英治が小説として描き、前進座の舞台や、平岩弓枝の脚本・演出で森繁劇団で上演されたりもしましたが、幇間という職業が絶滅してゆく中、その名を知る人は殆どいなくなりました。ただ、露八本人と交流のあった伊藤痴遊は、吉川作品は「幇間の露八しか知らず、その本質を全く理解していない」と嘆きます。本書ではかつて彰義隊士であった松廼家露八(土肥庄次郎)の激動の人生を様々な資料から検証し、幇間をしながら自由民権運動に奔走する若者を支援し、戦死した彰義隊の戦友達の追悼に生涯心を配り、彼らの墓のある円通寺に亡骸を埋めることを望むなど、多くのエピソードを交え、武人としての面影と心意気を持つ、旧幕臣土肥庄次郎の内面と真の姿を深く掘り下げています。本当に面白く読めました。

藤子・F・不二雄先生の生誕90周年記念出版ということで「T･P(タイムパトロール)ぼん」を特集した1冊です。とはいえ前半の3分の1は、原作というよりNetflixシリーズアニメの特集で、監督・脚本・メインライターのインタビューや声優のコメント、アニメのキャラクターデザインやシーズン１・２合わせた全12話のダイジェストガイドなどが載っています。後半は藤子・F・不二雄先生のビジュアル年表に始まり、F先生の世界旅行記、「T･Pぼん」の連載年表とトラベルマップ、原作の原画で見る名場面ギャラリー、山崎貢さんとヤマザキマリさんへのインタビュー、上田誠・瀬名秀明・松岡茉優・切通理作各氏の寄稿に各界著名人46名へのアンケートなど読み応えたっぷりです。その他原作ファンとして嬉しいのは、原作全35エピソードの解説、原作の連載誌と発売された全単行本の紹介、シーズン1・2のタイムボートくらべ、隊員装備大研究、周辺人物の身辺調査、登場した人物や動物を網羅した人名録、F先生の各作品に登場するタイムマシンの比較特集や時間を超えるドラえもんの秘密道具比較など、特にこの後半部分の特集は満足感ある内容でした。お薦めです。